小さくて静かな存在
一日中降り続いた雨が夕方にやみ、帰宅して庭のツツジをなんとなく眺めていたらアゲハ蝶を見つけました。
まだ濡れたままの羽が重いのか、花の中に隠れているつもりなのか、それとも何かほかに事情があるのか、私が近づいてもまったく動きません。
で、上の写真が撮れました。
羽がわずかに揺れていて、「そこにいる」ことだけ静かに主張しているようでもありました。
アゲハ蝶は毎年、目にしていますので、珍しいというわけではなかったのですが、私が顔を近づけても逃げる気配もなく、時間をかけて観察したり写真を撮ったりできたのは初めてです。
子どもたちがまだ小さかったら、捕まえて虫かごに入れていたかもしれません。
もちろん今回は、そっとその場を離れて、画像は家族のグループラインにミュートモードで送りました。
進化する『配慮』
あらためてこの画像を見てみると、どこかで見たことのある写真だな、と思った方も多いと思います。
そうです、私たちの年代だと、子どもの頃に誰もが使っていたジャポニカ学習帳の表紙の写真みたいですよね。
でも今は、ジャポニカ学習帳の表紙から昆虫の写真が減っているそうです。
理由はシンプルで、「虫が苦手な子ども(と大人)への配慮」だそうです。
確かに、なるほど、と思います。
子どもだからといって、全員が虫好きとは限りません。
うちの子どもは、よく保育園の園庭からダンゴムシをバッグに入れて持ち帰って来るタイプでしたが、そんな子ばかりでないのは容易に想像できます。
虫の嫌いな子にとっては、あのリアルな写真が表紙になっているノートを持ち歩く気にはなれないでしょう。
誰かが大きな声で『イヤだ!』と言ったわけではないかもしれませんが、小さな声の蓄積が、デザイン担当者の気持ちを動かしたのでしょう。
(それにしても、ダンゴムシとはなんともよくできた生き物だな、と思います。身に危険が及びそうになると瞬時にまん丸くなってやり過ごす、コロコロ転がって難を逃れる、、、、単純そうだけど、自分でできる範囲内で最善は尽くしている、『生まれたからには生きてやる♫』※、みたいな感じがします。)
数億年の進化
より細かな配慮が求められる時代になりました。
『世間なんてそんなもんだよ』、『仕方ない、我慢、我慢。それでとりあえず丸く収まるから』なんていう、二十年前、三十年前の価値観は今ではすっかり廃れています。
小さな声がないがしろにされない社会はきっと良い社会です。
それでもなお、複雑さを増す現代社会、ダンゴムシのように背中を丸めて、世間の嵐をやり過ごす方法もいまだ効果的だと思います。
だって、今のダンゴムシの姿、数億年の進化の結果なんだそうですよ。
※『ロクデナシ』、THE BLUE HEARTS、作詞・作曲:真島昌利、初収録アルバム:『YOUNG AND PRETTY』(1987年)









